朝ドラ「おひさま」と両親の戦争体験

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映画「瞬 またたき」


 「瞬 またたき」は、北川景子主演の、戦争とは全く関係の無い恋愛映画である。
しかし、奥底に、“愛する人を失うこと・・・”、そして“極限状況で人はどう行動すべきか?”そんな重いテーマが隠されている作品の様に思える。

 園田泉美(北川景子)は、恋人の淳一が運転するバイクに乗っていた際に事故に遭い、淳一と、そして事故の記憶を失う。傷が回復した彼女は、事故直後の記憶を取り戻そうと、大塚寧々演じる弁護士の桐野真希子を巻き込みながら調査を始める。

 そして次第に事故の概要が判明して来るのだが、その中にいくつか不自然な点が浮上してくる。事故直後、微かに意識のあった二人はお互いに言葉を交した可能性があったのだ。どのような会話だったのか?泉美は恐怖と戦いながら、淳一との最後の瞬間の記憶を取り戻すため、桐野真希子と共に事故現場へと向う。

 圧巻なのは、泉美が記憶を取り戻してからの、約7分の事故直後のシーンだろう。身をもって泉美を守ろうとした淳一の、事故により切断された3本の指・・・。泉美自身も重傷を負いながら、それでも淳一の切断された指を事故現場から探し出し、拾い上げる。

 この7分のカット・・・演技なのかマジなのか?!私は純粋に凄いな・・・と感じた。
いや、壮絶だった。このシーンを演じるにあたり、北川景子は自身の阪神淡路大震災での経験を重んじたという。カットは1回でOK、さすがにこれだけ迫真の演技、2回目の撮り直しは難しかったであろう。

 私がこのシーンを見ながら連想したのは、その阪神淡路大震災で揺れが収まった直後、自分が実家に向おうとした時の経験・・・。そして、大叔父が負傷した松村戦隊長を助けようと敵のいるモンゴルの草原に強行着陸した時の話である。

 さて、問題の事故直後のシーンなのだが、私はこれまでに見たことの無い不思議な演技を見た。北川景子の(演技する)、混乱する頭で切断された淳一の指を数えたり、自分に対して「落ち着け・・・」と促す仕草である。これは監督の演出なのか?はたまた自然と演技の中で出た仕草なのか?全くわからない。しかし、私自身の阪神淡路大震災の経験と重なって見える部分であった。

 阪神淡路大震災のあの朝、揺れが収まった直後、恥ずかしながら私は生まれて初めて腰を抜かしてしまった・・・しかし、実家の両親の安否を確かめなければならない。声を振り絞って大声を出し、自分に喝を入れる。気力を振り絞って立ち上がったものの、本当に足に力が入らない・・・暗闇の中、未知の恐怖に本能が警告を発している。それでも実家に向わなければならない。
「危険だ、怖い・・・」「いや行かねば・・・」「やっぱダメだ」「何としても立つんだ・・・」短時間の間にどれ程の葛藤が起こったことか・・・。それと全く同じことがこのシーンから見て取れたのである。

 そして、同時に連想したのは、大叔父が負傷した松村戦隊長を助けようとモンゴルの草原に強行着陸した時の話である。その時、大叔父はどうだったのだろうか?敵地に着陸すれば自分がやられる・・・しかし、戦隊長をむざむざと見捨てることはできない。
 大叔父はニコニコと笑いながら、私にこのように語った。「戦隊長が墜落して(僚機が)おめおめと戻って来る訳には行かないし、仕方がなかったんだよ。」
 恐怖はむしろ、自分が助かるかもしれない・・・と考えた瞬間から感じたという。

 極限状況で人間はどのように行動するのだろう。マーク・ボウデン著「強襲部隊」という本がある。映画「ブラックホークダウン」の原作となった書籍であるが、この本には戦場のありとあらゆる壮絶な局面が、当事者からのインタビューによって描き出されている。意外に驚くのは、人間は極限状況では淡々と普段通りの行動をするということだ。中でも印象的なのが、吹き飛ばされた同僚の手首を拾って背嚢にしまう場面である。同僚の落し物を拾うが如く・・・である。

 とある列車事故で片耳を切断した女性がいた。その方は切断されて行方不明になった自分の耳を混乱する現場から探し出し、無事、病院で縫合することに成功したという。女性の場合、片耳を失うという事は容姿にかかわる重大な話であるから、その方も必死だったであろう。周囲の談によると、冷静に淡々と行動されていたという。もし、北川景子が淡々と淳一の指を拾っていたら・・・ある意味リアリティはあったかもしれないが、観客を共感させる演技とはならなかったかもしれない。演出過多でもなく、それでいて壮絶さ感じさせる辺り、役者という仕事の凄さを感じてしまうところである。

 映画の終盤、泉美は淳一の郷里である出雲を訪れ、淳一の母親に会う。演じるは演技派女優の永島暎子・・・。泉美への最後の一言にベテランの演技がキラリと光る。

 そして泉美は縁結びの神様、出雲大社を訪れ、そこで出会った一人の老女と言葉を交す。菅井きんの老練な演技が見所となるシーンである。
※2018年8月10日、女優菅井きんさんが亡くなった。このシーンは事実上の菅井さんの最後の出演なのだという。

 菅井きんの役どころは太平洋戦争で夫を亡くした老婦人。亡くなったのは新婚直後。夫は潜水艦乗りで遺骨も戻らない・・・。新婚当初に戦争で夫を亡くした女性というのは、「おひさま」の項でも少し触れているが、ノモンハンへの旅で出会った女性達そのものであり、私にとって身近な存在であった・・・。
 なぜ作者は最後に太平洋戦争を絡めて来たのだろう?

 実は映画の前半の泉美の台詞に、太平洋戦争が関連付けられているのでは?と思えるものがある。
「淳ちゃんのお母さん、私のこと恨んでるんだろうな。私一人生き残って・・・。」

 「自分一人が生き残ってしまい、(戦友・友人とその家族に・・)申し訳がない。」
この言葉は、とりわけ全滅した部隊の生き残りの兵士のみならず、戦闘に巻き込まれて九死に一生を得た一般市民の証言でも多く聞かれる言葉である。前半の泉美の台詞と後半の老女の存在・・・意図的な関連付けがあるように、私は思う。

 そう考えると、事故の瞬間に身を挺して泉美を守った淳一の存在は、太平洋戦争に出征した兵士、とりわけ特攻攻撃に参加した兵士の代弁ではないのか?

交通事故と太平洋戦争・・・。

 思うに、交通事故というものは大事故でない限り、ニュースで大きく取り上げられる事はない。しかし、残された者にとってみれば、戦争で夫を亡くすのも、事故で恋人を亡くすのも、愛する者を失うという点では同じであり、どちらが不幸でどちらかがマシだと言った代物ではない・・・。作者の伝えたかったのはそういうことではないか?・・・私はそう考えている。 恋愛映画である「瞬 またたき」をこのコーナーに取り上げてみた理由のひとつである。

 最後になるが、私は20代の時に友人と、もしかしたら加害者になっていたかもしれない交通事故を起こした。あの時の局面によっては私と友人の人生はかなり違っていたと思える。

 当時、まだ造成中だった西神ニュータウンを、私と友人の車はレースまがいのスピードで走っていた。造成地は信号も無く、道は空いている。スピードは優に130kmを超えていた。私は友人の車を追い、スリップストリームに入り、真後ろに着けていた。

 突然・・・側道から工事関係の車が現れた。その車がそのまま走り去っていれば事無きを得たのだが、我々に気が付いたその車は、なんと道の真ん中で急ブレーキを踏んで止まってしまったのだ。

 激しいブレーキングにより友人の車の後部が大きく左右に振れる。そしてタイヤから白煙がもうもうと上がった。彼の車はこのまま真直ぐ工事車両に突っ込むだろう。行く手を塞がれた私は彼らに突っ込む他は無い。ここは何としても二重衝突を回避しなければならなかった。衝突の瞬間、彼らが右に動くのか左に動くのか?私は左右に流れる自分の車の後部をコントロールしながら、ギリギリで見切る決断に迫られていた。

 次の瞬間、友人の車が反対車線に消えた!何とか工事の車を交し切ったのだ。今度は自分が工事車両を避ける番だ。距離はある・・・交すことは可能だ。そう思った直後だった。友人の車は反対車線をそのまま突っ切り、歩道を踏み台に宙を舞った。まるでカーアクション紛いに・・・。私は彼の車の裏側が見えるのを3回数えた。そして着地すると30mほど転がって車は上向きに停止した。どこからか、少し煙が出ており、車の屋根はペチャンコに潰れている・・・友人の安否は?絶望が私を包んだ。

 私は潰れた彼の車を横目で見ながら通り過ぎると、約20mほど前方でようやく停止した。路肩に車を停め、ハザードを灯して車から飛び出し、道の左右確認を経て、反対車線側の歩道に無残に転がる友人の車に駆け寄った。「大丈夫か!」私が大声で叫ぶと、友人は潰れた車の窓からひょっこりと顔を覗かせた。無傷である・・・かすり傷ひとつ無かった。

 そして友人の無事を知った瞬間、ヒザがガクガクと震え始め、自分では止められなくなった。見ると友人の車の屋根は、運転席以外、全てが潰れていた・・・奇跡である。

 「怖かったぁ~!」どこからともなく子供の声が聞こえた。歩道を見るとどこから現れたのか?下校中の小学生が5~6名見える。どうやら友人が歩道に突っ込む直前に現場を歩いていたようだ。そして、植林された直後の並木が根元から3本折れている。工事車両はいつの間にか居なくなっていた。

 それから安全運転を心がけるようになったことは言うまでもない。小学生の列に突っ込んでいたなら・・・そう考えると今でも寒気がよぎる。
 今、現場を通ると並木が3本だけ高さが違う。事故の名残りである。



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