朝ドラ「おひさま」と両親の戦争体験

main_title

だらしのない上飛曹は、仕方がないのか?!


 おおよそ予想はしていたが、残念ながら須藤上飛曹の立ち振る舞いは、いささかだらしがなかった・・・。

 それは第8週「それぞれの朝」第47話・・・。
 死を覚悟した須藤茂樹(永山絢斗)が、有明山国民学校で教鞭を取る妹、須藤陽子(井上真央)の授業風景をひと目見るため学校を訪れる。茂樹は陽子に気付かれないよう、こっそり近づくため、職員室の梅田校長(綾田俊樹)を訪ね、策を告げる。

 須藤上飛曹の立ち振る舞いであるが、残念ながら教室の前の廊下を歩く時点から既にぎこちない。入室、敬礼・・・と、その一連の立ち振る舞いの全てが軍人らしくない。あの寝坊の茂兄ちゃんが、立派になって帰って来るシーンなのだから、時代考証を抜きにしても、それなりの演出をしてほしかった。

 このシーンの演技指導には有名な作家の先生(※追記①)が関わっているらしい・・・。確かに室内に入る時の一礼の仕方、敬礼などの手順は細かい点まで行き届いているのだろう。しかし、私には律儀なサラリーマンにしか見えない。仮にも当時の少年少女の憧れる“七つボタンの予科練”上がりの上等飛行兵曹である。もう少し何とかならなかったのだろうか?(※戦中編のとても重要なシーンであり、製作側もこだわりを出すべきだった。)

 私としては永山絢斗が他のシーンで見せる悲しみを噛み締めた演技が、当時の日本男児を彷彿とさせるものがあると感じているだけに、心底、この演出は残念であった。最近の若い役者は・・・という意見もあろうかと思うが、これは役者としての質の問題ではなく、そういった演出をさせている製作者側の問題である。

 それにしても、この違和感の原因はいったい何だろう?
 当時、陸軍と海軍では、敬礼や互いの呼び方など、様々な点でしきたりが異なっていたという。敬礼の場合、陸軍では脇を開け手の平を少し見えるようにするが、海軍は狭い艦内で敬礼をする必要性から脇を絞る。(絢斗君、がんばっていますね。)
 このような違いがあるとは言え、共通する軍人らしい立ち振る舞いというのは陸海軍だけに留まらず、洋の東西を問わずに存在するはずだ。

 結局のところ、この違和感の大元は“姿勢と機敏さ”という点に行き着くのではないだろうか?

 私がかつて最も軍人らしいと感じた演技は「動乱」での高倉健である。当時は背中と肩に棒でも入っているのでは?と、違和感さえ感じたが、自分自身が厳しい事で知られる“某研修団体”の講習を受け、徹底的にお辞儀の仕方を練習させられてから視点が変わった・・・。

 姿勢と機敏さの違いは、戦前・戦中の映画である「燃ゆる大空」(昭和15年)や「加藤隼戦闘機隊」(昭和19年)を見ると一目瞭然である。また、昭和39年の映画「人間の條件」(主演:仲代達矢)も、軍人の立ち振る舞いを感じさせるものがある。そして、意外にも最近の作品、NHKドラマ「坂の上の雲」は全体的に安心して見ることが出来る。

 この「坂の上の雲」。出演者が当時の軍人を完全に再現できているか?は別として、軍人(一家)の振舞いとはこういうものか?と思わせるに十分な演出だと思う。秋山真之を演じる本木雅弘を含め、阿部寛、松たか子、藤本隆宏らの立ち振る舞いからは、そこにいるだけで“凛”としたものさえ感じることができる

 ちなみに、「おひさま」の中でお辞儀・姿勢が良いと感じるのは、須藤父を演じている寺脇康文、高橋夏子役の伊藤歩、秦野(相馬)真知子役のマイコである。そして頑張っているのが丸山和成役の高良健吾だろう。高良健吾は幼い時から祖父から戦争中の話を良く聞き、知覧の特攻記念館などにも行ったことがあるという。(スタパより)
比較的、当時を意識して、普段から姿勢などは気を付けているという。

 しかし、須藤上飛曹の立ち振る舞いを“軍人らしくない”と評する私自身、軍隊経験があるわけでもないし当時の軍人を生で見ていたわけではない。今、書いているのは“時代考証”というよりは、個人的なイメージ・・・。あくまで資料映像や戦前・戦中の映画を見ての話である。そして軍隊ゆずりの訓練を課すと言われる某研修団体の訓練を受けての話だ。もしかすると昔の映画を例に挙げるのはいささか暴論なのかもしれない。特に「燃ゆる大空」「加藤隼戦闘機隊」などは陸軍のプロパガンダ的要素もあり、過剰な演出をしている可能性もある。そこで私はNHK戦争証言アーカイーブスで当時の映像を確認して見た。

日本ニュース、第190号、「訓練励む予科練習生」を見れば、やはり違いは一目瞭然だ。特に実機訓練の前に数名が並んで教官に敬礼をするシーンがある。ぜひ、その敬礼・立ち振る舞いを見てから須藤上飛曹と見比べてほしい。なお、敬礼や挨拶その他の作法は各場面場面によって細分化されているとのことなので、単純に予科練の訓練風景と学校の職員室に入り校長に話しかける場面を比較することは出来ないが、予科練上がりの航空兵の振る舞いとはこういうものだ・・・を感じさせる資料だと思う。

 なお、この日本ニュースを見て判明したことがある。以前から須藤上飛曹の敬礼に何か違和感を感じていたが、その原因が判った。指先の位置が帽子のツバの位置より上になっている。もちろん、手首が折れていたり肘から指先までが一直線になっていないなど細かな不具合もあろうかと思うが、指先は帽子のツバの部分に触れるぐらいでなければならない。立ち振る舞いがだらしなく見えたのも、このせいかもしれない。基本中の基本であり、時代考証としてはかなり痛いミスと言えるだろう。

 話は少し変わるが、第47話のシーンで夏子先生が茂樹に向かって「須藤上飛曹・・・。」と呼びかけるシーンがある。当時、陸軍では「○○中尉殿。」とか「○○少尉殿。」と、“殿”を付けて呼び合っていたと言う。(私はどういうわけか?「軍医殿!」という言葉を連想してしまうが・・・)対して海軍では“殿”をつけない。「○○中尉。」「○○少尉。」と呼んでいたという。
 とあるネット上の書き込みで、夏子先生が「須藤上飛曹・・・。」と呼んだのは「おひさま」の時代考証がすばらしい証拠であると評していた。しかし、一般人が軍人に呼びかける際、陸軍式・海軍式を使い分けたのか?は謎が残る部分である。

 また、この回では茂樹の階級章が大きく映る。錨のマークの階級章の上の三本線は「上等下士官」の証し、中に見える小さな薄青の桜のマークは飛行科。また山型の赤いワッペンは「通常善行章」である。 この通常善行章と階級章のデザインは、時代が異なるため、同時に存在することはない。ただし、古参兵(つまり須藤上飛曹)は「箔が付く」という理由で、古い善行章を付けたままにしていた方が多かったのだという。この点をドラマでは採用しているという。

 私の感覚では少し理解し難いのだが、当時を知る方で「善行章」にこだわりを持たれている方は多いように思う。私の父は、度々、「じいさん(私の祖父)の善行章を付けた写真があったはずなのになぁ・・」を口にする。祖父は佐世保海兵団の教官だった。搭乗艦は戦艦敷島。昭和6年、父が2歳の時に亡くなっている。

 さて、私の両親が戦時下を舞台とした映画・ドラマを見ると必ず口癖のように言うのが「あんな兵隊さんはいない!」である。一番気に入らないのは、どうやら髪形らしい。
 両親としては、兵隊役の役者は全員丸刈りでなければリアリティを感じられないようだ。しかし、役者も商売だから他の仕事の関係で全員丸坊主という訳には行かないのだろう。

 とはいえ、私が見ても違和感を感じる時がある。えり足ともみ上げの部分だ。少し話は飛躍するが、以前、太平洋戦争を舞台とした潜水艦を題材にした架空戦記物の映画を見た。架空戦記物だから何があっても驚かないつもりで見たが、やはりダメであった。あまりにも出演者の髪の毛が長過ぎた。せめて、えり足ともみ上げの部分は刈上げてほしかった。(時代劇で髷を結って無い武士が存在するよりマシか?!)
 この某映画、以下の様な批評をされている方が居た。

**某映画の、とある方のネット上の批評より**
物語上もっとも重要な設定である「潜水艦の秘密兵器がヒロインの超能力で動く」という部分までは許せる。だが、それ以外の兵器や兵士、言葉遣いなどの時代考証までいいかげんな描写をしてしまったら「ただのマンガ」だ。むしろ周辺要素、細部のリアリティについては、普通の戦争映画以上に気を使ってこそ、全体のバランスが取れるというものだ。
**
思うにこの映画・・・ここまでやるなら別に太平洋戦争を舞台設定としなくても良かったのではないか?逆に太平洋戦争を舞台とするのであれば、ある程度、時代考証に忠実になる必要がある。この某映画はそれを思わせる好事例であるように思う。

 さて、長々と役者の振舞いや髪型に関して書いてきたが、先日、父から意外なことを聞いた。それは「一部の将校は長髪にしていた。」というものである。これは意外に感じられた。学徒動員に行っていた佐世保海軍工廠でのことだという。早速、ネット上で調べてみたところ、将校や航空兵は長髪にしている兵隊もいたようだ。確かに零戦パイロットの岩本徹三のように長髪で通した(通せた?)人もいる。そうか・・・兵士全てが丸坊主というのは、私の先入観だったわけだ。当時を知る人間の証言、恐るべしである。


(追記①2017/07/14)
 先日、このシーンの永山絢斗の所作指導を担当した方から、当時の経緯を伺うことができた。要するに、連ドラ製作には複数の演出監督が存在し、監督毎に考え方が異なるため、統一した一定のレベル以上の作品が作れない・・・という事らしい。
 なるほど、近年の連ドラ制作は3名以上の演出監督が存在し、だいたい2週間程度で交代しながら収録をしている。当時の「おひさま」の番組サイトの記憶によると、チーフ・プロデューサーが時代考証・所作に関して統一見解を出していたはずだが、演出監督が複数存在すれば、ばらつきは致し方無しであろう。また、こういった時代考証や所作に関しては、演出上の問題を理由に、意見が却下されることも多いのだという。 これは古今東西、映画、ドラマにつきまとう大変重大な問題点だと思う。
 さて、当時、このシーンの所作についてはブログで確認ができる。
「茂樹の軍歴は実在の〇〇氏(最終階級少尉)に拠っていて、この部分だけは私が多少お手伝いしている。甲飛4期生の戦闘機搭乗員は、実際には21名中19名が戦死しているそのことを念頭に置いて、特に服装、挙措動作、ご覧いただければ幸いです。」
・・・との事である。




「おひさま」と両親の戦争体験メニューに戻る。