ノモンハン事件現地慰霊の旅 モンゴル・ノモンハン紀行
3.モンゴル、ノモンハン紀行
⑨(平成12年8月27日)関西国際空港に帰国
日程9日目
朝焼けが眩しくて目を覚ました。どこかの半島が見える。しばらくすると瀬戸内を通過しているのがわかる。遥か下に阪急フェリーらしきものが確認できた。徳島上空から和歌山経由で関空に入った(和歌山空港造成中に見た風景に似ていた)
早朝6:05に関西国際空港到着。飛行機の外に出たとたん「暑い!」とにかく暑いのである。出発の時より暑くなってるのか?暑く感じるだけなのか?それがわからない。(日本からグァムに行った時を思い出した。)
東京以外の人たちはそれぞれ帰っていった。私は永井団長以下、東京組の人がゲートインするまでいっしょに過した。別れ際、案外ジーンと来るものだ・・一言だけ別れの挨拶を述べて皆さんを見送った。皆と握手をする。邦裕さん「じゃ、げんきでなっ!」、島田さん「あんまり無茶するんじゃないよ。」、タビックスの横関さん「また来年も案内送るから・・。」
ひとり関空に残った私は、一路、空港バスに揺られ神戸をめざす。久し振りに見る日本の風景は、とにかく街角の隅々までが清潔な感じがして奇妙だった。高速道路から海水浴場が見える。(二色浜付近)「そうかまだ夏休みだったな・・」浦島太郎の気分だ。
三宮から朝の快速電車に乗り須磨で普通に乗換えJR朝霧まで。土産のウォッカのビンが重い。行きと同じく母に自転車で駅まで来てもらった。帰り道、高台から見下ろす明石海峡の眺めに、台地の上から見下ろしたハルハ河の眺めが重なって見えた。
激しくゆれる車や息もできないほどの土埃。蚊やハエなどの襲来。風呂も入ることのできない厳しい生活だった。食事が合わない方やヨーグルトのせいで下痢をされた方などもいた。こんな生活を知人に話しすると、必ずと言って人間の行く所ではないように言われてしまう。しかし、そこに人の生活があるのだ。
広がる地平線に澄みきった青空。何よりも空気が新鮮だった。人ごみと車の渋滞・排気ガス。どちらが人間の生活に適した場所なのか・・?。