ノモンハン事件現地慰霊の旅 モンゴル・ノモンハン紀行
2.モンゴルに行本格的な準備
②―1 着陸地点の特定
この頃から、次第にノモンハンに行って着陸場所を確かめて見ようと言う気持ちが起こってきました。万が一にも戦闘機の残骸が残っているかもしれません。ただし、実際に行ける可能性があるのかどうか?「ノモンハン現地慰霊の会」の永井団長に手紙を書きました。
すると、「慰霊団への参加は誰であっても歓迎する。貴下は参戦帰還者の親戚なので大歓迎する・・」と言った内容の返事が来ました。しかし、問題は“南渡し”です。行けるか否か?それは現地で交渉しなければ何もわからないというのです。車で移動すれば距離的にはそう遠くもなく、永井団長も一度ハンダガヤ(南渡しのまだ先)の国境付近まで行った事もあるので、そう難しい話しではないそうです。しかし国境警備隊のガソリンさえも枯渇しているらしく、慰霊団以外での車の手配が困難かもしれないという言う話しでした。
また、昨年(平成10年)参加の東京の小田さんの話しでは、電気なし、井戸水、便所なし、食事が合わない、蚊多し・・と、とんでもない場所の様です。そんな人間も全くいない国境地帯の草原を、慰霊団と別行動で35km行って帰って来なくてはならないのです。はっきりいって“世界ウルルン滞在記”・・というよりも”川口宏探検隊”に近いです。
目標物のない大草原では地図も当てにできません。目的地に行く方法を考えた時に一番に思いついたのがGPSの利用でした。実際、ノモンハン会で販売している地図Bには森川さんと言う方が、各慰霊場所をGPS計測し、その値が記載されていました。
平原であるために、かえって遮蔽物がなくGPSにとっては絶好の環境かもしれません。しかし、GPSで移動するには目的地の正確な緯度・経度がわかっていなければなりません。ノモンハン会の地図Bには緯度経度の目盛りは入ってないので“南渡し”の緯度・経度はわかりません。
私は“南渡し”の緯度・経度を求める為に、各測定地点の測定値を頼りに緯度経度の線を地図上に引いて行く事にしました。実際に作業をしてみると・・どうも変です。各ポイント間の縦軸・横軸の長さを緯度・経度の差で割れば1秒単位で線が引いていけるはずでした。しかし、各ポイント毎の1秒の長さがばらばらなのです。場所によっては許容範囲をはるかに越えた値のポイントもあります。「測定値は正確なのだろうか?」しかし、GPSは値を読むだけで複雑な操作はありません。GPSの計測値の誤差も数kmになる事は考えられません。この時期、東京の小田さんも全く同じ事で悩んでいました。
そこで私は各ポイントの測定値を10進数に直し、それをコンピュータに入力して表示する事を考えました。これには測量用のソフトが必要ですが、マイクロソフトのエクセルという表計算ソフトを利用して、折れ線グラフを作成する要領で対処しました。(もちろん線は引かずにポイントだけを表示しました)
アイデアは良かったのですが、問題がひとつありました。グラフの枠となる目盛り問題です。地球の緯度・経度の桝目は赤道付近では正方形に近いのですが、極地に近づくに従い、長方形になり、極点付近では最後は三角形の様になります。モンゴル・ノモンハン地区の緯度と経度の比率がわからなければ正確な物はできません。
そこで、大学時代の恩師である櫨田教授(海岸工学博士)に電子メールで連絡をとり、モンゴル・ノモンハン地区の緯度1分と経度1分の長さを聞きました。また同様の質問を明石市立天文科学館に電子メールで入れました。ちなみに緯度1分は全世界変わらず1800mほどで、基本的に1海里=緯度1分です。
その後、櫨田博士から電子メールの返事には、私の学生時代に講師をされていた園田さんが、現在は測量学の助教授をされていて、先日GPS計測のシンポジウムにも参加して来たと言う話しでした。
早速、園田助教授にも電子メールを送りました。すると園田助教授は国土地理院のホームページの中に緯度・経度から2点間の距離を計算するコーナーがあると教えてくれました。そこで計算した値がこれです。
緯度1分=1853.013m、経度1分=1255.726m(緯度1秒=30.9m、経度1秒=20.9m)
比率は約1.47565で、これに順じてグラフの目盛りを作れば、ノモンハンの各ポイントが正確に出るはずです。また、東京の小田さんには不明な2点間の距離を計算してあげました。その結果、やはりノモンハン会の地図の各慰霊地点の距離は不正確であることが判明しました。その理由として
①計測ミス。ただし、GPSは数字を読み取るだけなので間違えようがない。許容範囲外の値だけ記載ミスと判断。
②地図自身のゆがみ。関東軍の地図を数枚張り合わせている。その境目も別の地図でつないで補っているのでゆがみは避けられない。
③記載ミス。あるポイントがなぜ地図上のその場所に記載されている根拠がわからない。恐らく地図上の地形と実際の記憶を頼りに記載したと思われる。測量学の観点では致命的である
大きな間違いは無いものの、これらの事が少しづつで作用し合って地図上の誤差として現れたのでしょう。
その後、エクセルで作成していた地点図も完成し、そこから南渡しの緯度・経度を算出する準備に入りました。
ノモンハン会の地図のAとB間の長さと、私の地点図のAとB間の長さを計り距離の比率を求めます。その比率を元に、私の地点図上の任意の2点から南渡しまでの距離を計算しコンパスで引けば、線が重なった場所が南渡しの場所となるはずです。地点図は緯度経度を目盛にして作成してありますから、それを読み取れば良いのです。
実際に計算に入りました。私の地点図とノモンハン会のとの距離の比率はというと・・。
数ヶ所で計算してみましたが、1.69から1.80とバラつきが発生してしまいました。確かに両図を見比べると位置関係に微妙なズレがあります。これでは使い物になりません。しかし、その中でも比較的位置関係が似ている場所を抜粋して、比率を1.72という平均的な値でとりあえず計算し、“南渡し”の位置を確定しました。
さて、次はオリエンテーリングで使用される方法で、“南渡し”の場所を特定することにしました。私の地点図はGPSの値さえ正しければ、各ポイント間の位置関係は正しいはずですから、ノモンハン会の地図の任意の2点から“南渡し”への角度を分度器で測り、それぞれの角度を私の地点図に記入して線を引けば、交差する場所が南渡しとなるはずです。こうして、違う方法で求めた2つの図が完成しました。両図の南渡しの位置を比較してみましたが、実距離で4kmほども誤差が出ました。
そこで次は、分度器で角度を測らずに、直接、地図を重ね合わせて角度を写し取った図を作成しましたが、それでも一致せず、作成した全ての算出方法で“南渡し”の位置が全て異なるという悲しい結果になりました。
いずれにせよ、ノモンハン会の地図から“南渡し”の位置を正確に(秒単位まで)特定する試みは失敗に終わりました
②―2 着陸地点の特定(衛星写真の利用・現地地図を探す)
東京の小田さんよりリ「モートセンシングセンター」と言う、人工衛星のデータを扱う団体を紹介され、衛星写真で位置の特定を行う事になりました。衛星からのデータを選択してそれを好みの大きさに拡大、緯度経度も記入してくれるという話です。電子メールで連絡をとりサンプルを取り寄せました。
実際の撮影サンプルが手元に届いたのは連絡を入れてから3ヶ月ほどしてからでした。大都市近辺ならいざしらず、モンゴルの国境線を撮影している衛星が少ないという話しです。その中でランドサットのサンプルが非常に条件が良さそうでした。
雲もかかっていなく私の必要とする範囲が全て写っていました。これならOKと思い値段を尋ねたところ、そのサンプルは特殊なデータなので海外局からの買取になり、価格はデータのみで40万。小田さんに問い合わせた所、それは間違いではないか?との話しでした。再度確認しましたが間違いではありませんでした。それもデータのみを購入して自分で印刷しなければならないのです。つまりきちんとした測量会社などでなければ印刷もできないのです。
これはもう絶望的でした。その他の衛星で適当なデータがないか調べてもらいましたが、雲の具合などベストの物がありませんでした。残念ながら衛星写真を利用すると言う企ては失敗でした。
最後の望みは地図を探す事でした。インターネットでモンゴルに関するページを主催されている方に電子メールを出しまくり返事を待ちました。その中で東京の岡田さんと言う方が、「岐阜市立図書館が、モンゴルで市販されている地図は全て所有している」という情報を教えてくれました。
ホームページ経由で岐阜市立図書館にアクセスして連絡をしたところ、ノモンハン地区の旧ソ連時代の1/20万と1/10万の地図を所有しているとの事でした。1/10万の地図であればかなり大きく記載されていますので、これならいけると思いました。
早速注文を入れたのですが、少しだけ問題が発生しました。
期待していた1/10万の地図の北緯47度40分以下つまり、“南渡し”を含むモンゴル側の部分がないというのです。なんと言う事でしょう・・。重ね重ねの失敗にがっくりと来てしまいそうでした(実際はそうでもなかった。なぜか・・)しかし、1/20万の方は“南渡し”を含め問題が無いので、とにかく関係する部分は全てカラーコピーしてもらう事になりました。1/10万の方はノモンハンの主戦場に関しては全く問題ありませんでした。
(現在、この地図は入手不可との噂)
実際にそれらの地図が手元に届いた時、これはすごいと思いました。しかも、1/20万の地図の“南渡し”の部分のハルハ河の両岸に道路のマークが入っていました。やはりここは渡りになっているのでしょうか?かなり期待が持てました。
早速、期待を胸にノモンハン会の地図上の各ポイントの数値を落としてみました。しかし・・、なんとなくもうひとつなのです。この地図は旧ソ連時代の物で、記述は全てロシア語でした。しかも、何の測地系を使用しているかわからず、GPSの数値を補正する必要があるのかもしれません。これだけは現地に行かなければわかりません。しかし、見るからに期待の持てる地図でした。
(追記・・)
2009年、現在ではインターネット上で、Google地図よりノモンハン戦場跡の衛星写真が閲覧可能であるが、1999年当時は全くそのようなものは無く、この10年間のインターネットの急速な普及の凄さを感じずにはいられない。ちなみに南渡し付近は細密画像で見る事はできないが、他の地区では比較的細密に見る事ができる。
(追記2・・)
2014年、Google MAPにて南渡し付近の細密画像が表示されるのを確認できた。これで詳細画像が見れないのは、東渡し周辺、スンベルからハマルダバの丘付近だけとなった。スンベルには国境警備隊宿舎があるので、精密が塑像は難しいかもしれない。
・南渡し→GoogleMap
・南渡しの土手の戦車壕→GoogleMap
・南渡しの付近にある戦車壕と塹壕の痕跡→GoogleMap
